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執筆者の写真mayurransan

パスカル・キニャール『音楽の憎しみ』(水声社)


学問の部屋です。


音楽、といえばすぐに「の楽しみ」とつなげたくなります。でも「の憎しみ」です。ちょっと風変わりな(ひねくれた?)しかし学識に満ちた音楽論集。


小説家パスカル・キニャールは、アラン・コルノー監督の映画『めぐり逢う朝』の原作者として知られていますが、

彼は音楽家(チェリスト)でもあります。


(上の小説は、バロックの作曲家サント・コロンブとマラン・マレを描いています。とても気に入っている小品で、これも合わせてご紹介したいところですが、ただでさえ長くなりそうなのでまたの機会に)


本書には強迫音(タラビュスト)をめぐる考察が散りばめられています。望んでもいないのに頭の中で流れ出す音楽や、意識をノックする執拗な音を、誰もがいちどは経験したことがあるのではないでしょうか。


旋律(メロス)やリズムがわたしたちの思考を律し、身体をいやがおうにも同期させる。ふつうこれはダンスや歌のように歓びの源泉ともなりえます。


ところが、例えば強制収容所(言うまでもなくアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所のことですが)の中で、奴隷の身となった人々にとっては、これがたいへんな苦痛になるらしいのです。


過酷な労働の後、体力をほとんど使い果たした人々がシューベルトやワーグナーなどのドイツ音楽に合わせて行進させられている間の屈辱と疲労を想像するとようやく、音楽が憎しみ(単なる不愉快、ではなく)の対象にもなりうるのだと理解できます。


音楽がいやおうなくその人の身体にとりつくとき、彼/彼女は音楽を通じて全身で憎しみを体現する。同時に音楽が、彼/彼女という姿を借りて、憎しみを表現しているとも言えます。


本書の原題は"La Heine de la Musique"です。音楽「を」憎むのか、あるいは音楽「が」憎むのか、これではわかりません。たぶん、作者はわざとそうしたのではないかと思われます。


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