top of page
執筆者の写真mayurransan

『倍音 音・ことば・身体の文化誌』中村明一(春秋社)


学問の部屋です。


倍音と聞いて思い出すのは、モンゴルの遊牧民の喉歌、ホーミーです。よく耳を澄ませると、2つの音が同時に出ているように聞こえます。超音波のようでもあります。


この倍音を聞くと、脳からアルファ波が出ると言われ、この脳波が出ると人間だけでなく他の動物も心地よい状態になるそうです。


ところで、声が魅力的だと感じる人の声からもじつは倍音が出ています。

けれども魅力的な声が「きれいな声」とは限りません。

では、倍音とは何なのでしょうか。


まず、音に含まれる成分の中で、もっとも周波数の少ないもの(つまりいちばん振動数の少ないもの)を「基音」といいます。

でも実は、弦などを弾いたときに基音以外の音も聞こえていて、それらを一般的に「倍音」と呼びます。


本書の著者である中村明一さんは、この倍音をさらに大別した「整数次倍音」と「非整数次倍音」という概念をもとに論を進めていきます。


整数次倍音とは、「基音の振動数に対して整数倍の関係にある」倍音です。弦を弾いたときに、弦全体が振動しているだけでなく、弦の長さの1/2、1/3……のところでも振動が起きています。これが倍音成分となります(かつてはこの整数次倍音だけが「倍音」と呼ばれていたそうです)。


それに対して非整数次倍音とは、それ以外の、より雑音・ノイズに近い不規則な振動のこと。

本書はむしろこの「非整数次倍音」に着目します。というのも、著者の中村さん自身が尺八奏者であり、この楽器は非整数次倍音をこそ操作する楽器だから、ということもあるでしょう。


中村さんは面白い経歴の持ち主です。横浜国立大学で量子化学を専攻したあと、バークリー音楽院で学び、現在尺八奏者として活躍されています。本書の倍音追究でも、あくまで科学的なアプローチがなされています。


そう、じつは、魅力的な声にはこの「非整数次倍音」が関係しているのです。

もちろん、整数次倍音の際立つ魅力的な声(歌声)の持ち主もたくさんいます。本書で挙げてある例としては、美空ひばり、浜崎あゆみ、黒柳徹子、タモリ(敬称略)などです。

クラシック音楽の歌手はたいていこちらに入るはずです(マリア・カラスなど、非整数次倍音が魅力的な歌手もいますが)。


対して非整数次倍音組としては、森進一、宇多田ヒカル、ビートたけしなど。

あと歌手の松任谷由実や桑田佳祐、ジャニス・ジョプリンなどもこちらのグループに入るかと思われます。探せばたくさん見つかるでしょう。


日本では、例えば琵琶が中国からわたってきたときにわざわざ雑音が出るような細工に作りなおすなど、ノイズを愛する傾向があると言われています。中村さんが演奏する尺八もしかり。


一方、いわゆる西洋音楽というのは、バッハが確立した平均律しかり、整数次倍音を土台として音楽発展させてきました。


本書に、視覚的にたいへん興味深い図が掲載されています。

オーケストラの演奏(ブリテンの『青少年のための管弦楽入門』)が発する周波数と尺八が(琴古流本曲『一二三鉢返し調』)発する周波数の解析図が並置されています。


前者は喩えていえば「平野」。音の地図を織りなす等高線が幾何学的に見えます。

それに対して後者は「山脈」。しかも周波数は気まぐれに乱れたりしています。


現在のポップスやロックも、基本的に西洋音楽の理論をもとに作られています。もっとも、エレキ・ギターなどでノイズの魅力を拡張してきたことも確かですが、


中村さんは、以上のような非整数次倍音をより方法的に開発することを提案します。

彼自身、その方法論を活かした録音スタジオのデザインにもすでに関わっているようです。


音楽を雑音の側から聴く耳を持てば、音楽の楽しみ方も倍増するかもしれません。また、これまで聴けなかった音楽ジャンルが、まったく違って聞こえてくるかもしれません。

関心がある方はぜひご一読を。


【中村明一さんの尺八演奏】


0件のコメント

Comments


bottom of page