学問の部屋です。
今回は数学について。新書ですが、さすが中公新書、中身が濃いです。
本書がすぐれていると思うのは、数量として実感できる数学(距離をはかるとか、数を数えるとか)から、記号化され、もはや実感を離れたところで形式化された数学への飛躍をうまく言語化してくれている点です。
(しかしその形式化された数学に新たな「意味」や「美」を見出すのは人間にしかできないわざであるという意味で、数学がきわめて「人間的な行為」であるという指摘には、目からウロコが落ちました)
このほとんど自動化された記号のシステムとしての数学があるからこそ人間がそこに思いもよらぬ意味を見出せるのだと、この著者がもっと早くに教えてくれていたなら、数学の風景はずいぶんと違ったものに見えただろうと思います。
本書を読みながら、若い頃の自分にこのことを教えてやりたかったと何度も思いました。だからこそ、とりわけ若い人に読んでもらいたい1冊です。
本書で紹介されている具体例を少し。
「パスカルの三角形」(隣どうしの数を足すと下段の数になるというあれ)の横列と、「二項展開」(二項式のべき乗を展開したときに出てくる係数の並び)が対応すること、
さらに「組み合わせの数」(コンビネーション)を表すnCrがパスカルの三角形のn行r列に対応することは比較的知られていると思いますが、
本書ではさらに、パスカルの三角形のn行を負の数にまで拡張し、同じようにnCrをn<0の場合まで拡張して計算してみても整合性がとれることが示されます。
上の負数にまで拡張されたパスカルの三角形を著者は「パスカルの半平面」と名づけます。そしてこの半平面は、(1+x)^nの無限展開(これは「テイラー展開」の一例でもあります)と対応関係にあることがさらに示されます(!)
さらに冒険は続きます。今度はパスカルの半平面をさらに拡張し、nが「半整数」つまり奇数の1/2になる場合を考え……ここまでくるとだんだん怖くなってきます。
冒頭、「ゼノンのパラドクス」(あの、ウサギはいつまでたってもカメには追いつけない、というやつ)の例から始まりますが、本書を読み終える頃には、ずいぶんと遠くまで連れてきてもらったという達成感と心地のよい疲労を感じることでしょう。
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