学問の部屋です。
量子力学の世界は私たちの直感とあまりにズレがあるため、類書を何冊読んでも、驚異と興味が尽きません。
本書はベストセラー『時間は存在しない』の著者である物理学者カルロ・ロヴェッリによる量子力学入門書です。
ただしそれは前半だけ。後半は量子論的に見た世界認識論が展開されます。
第1〜3章にかけては、
まずハイゼンベルクやシュレーディンガー、パウリ、ボーアなどが量子論の骨格を整えていった経緯が紹介されます。ですが量子のあまりに奇妙なふるまいを、不可解なまま受け入れるか、あるいはもっと明確に意味付けしたいかで、量子観が対立したという逸話が付け足されます(実はこの対立が本書の骨子になっています)。
より具体的には、量子の「重ね合わせ」や「もつれ」(エンタングルメント)、それと関連してよく知られた思考実験「シューレーディンガーの猫」などの量子の基本的性質の解説がなされ、
また、XP−PX= iħ( ħはプランク定数を2πで割った値)という、
ハイゼンベルクらが定式化した、位置Xと運動量Pをかけたものと、PとXをかけたものが異なるという意味の式に、量子力学の謎が集約されているということが示されます。
(この式では、エネルギーがとびとびになるということが表現されています)
さて、上のことが物理的事実だと判明したものの、こうした量子に対して、「多世界解釈」(いわゆるパラレルワールド)、「隠れた変数の理論」、「QBイズム」などさまざまな解釈が登場します。
しかし筆者は上のどれもがいわゆる主客二元論にすぎないとし、「関係」をキーワードに量子的世界を解釈しなおします。ここから一挙に話は「哲学」へと急旋回。
私たちが素朴に、確固たる「物質」が存在しているとする世界観を否定し、物質であれこの「私」という存在であれ、それそのものとして独立して存在しているわけではなく、関係の結び目にすぎないのだと説かれます。
こうした世界観は、アインシュタインらに影響を与えた哲学者エルンスト・マッハに準備されていたといいます。さらに時代をさかのぼり、龍樹(ナーガルジュナ)の「空」の概念もこの関係性の物理学をかなり言い当てていると指摘(もっとも、仏教と量子力学の親和性はよく言われることで、そう新奇な説でもありません)。
世界は関係の「界面」にしかないという具体例で驚くのは、人間の視覚の例です。
何かを知覚するさいに光を電気信号に変換していったん脳へ送り、それを記憶と照らし合わせて認識する、のではないらしいのです。
それとは逆に、まず、脳から目へと信号が送られます。つまり、これまでの記憶や経験にもとづいて目の前の物体をいわば「予期」し、その上で目の前の対象と予期との「差異」だけが脳に知らされるのです。なるほど、こうするとかなり効率良く環境情報を得ることができるわけです。
著者の言葉を借りるならば、私たちは世界を「観察」しているのではなく、自分の知識にもとづく世界の像を「夢見ている」のです。この、「確認された幻覚」が私たちを取り巻く世界だという指摘には目を見張らされます。
各人の中で(この「中」という語ももはや不正確かもしれませんが)、このような活動が行われ、それぞれの視点からの対話が進むにつれて知識というものが蓄積していき、「現実らしきもの」の理解が深まります。外界から自立した意識、あるいは心などというものはほぼ幻想であるし、また、これが世界、といったものも存在しないというのです。
なんだか一見たいへんスピリチュアルな、オカルトみたいな話に聞こえるかもしれませんが、私たちの世界認識のしかたをより正確に記述するとこうなるのです。と言われてもまだ疑わしいかもしれません。私なら疑います。ぜひご自身の目で本書にあたってみてください。
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